24年前のきはだやさんとの取り組み

24年前、僕らが作った『平成の銘仙』。 ~十日町・関口さんとの原点~

先日、インターネットの海を漂っていたら、とんでもない「タイムカプセル」を見つけました。
2001年(平成13年)当時の、当店のWebサイトです。

2001年の銘仙ページ
▲2001年当時のページ。「新作銘仙」という文字が踊ります。アーカイブへのリンクはこちら

アンティークブーム前夜の挑戦

まだ「アンティーク着物」という言葉が今ほど一般的ではなかった時代。
古着屋さんにある銘仙は可愛いけれど、サイズが小さかったり生地が弱っていたりして、なかなか着られないのが悩みでした。

「だったら、現代の技術で、新品の銘仙を作ろう」

そう意気投合してタッグを組んだのが、現在も当店のクリーニング(悉皆)をお願いしている、新潟県十日町「きはだや」の関口さんでした。

大正ロマンの図案を復刻し、十日町の染色技術で再現する。
「売れるもの」より「着たいもの」を作る。そんな熱気が、当時のページからは溢れ出しています。

✉️ ami’s Diary (2001)

当時のページ右端には、モニターとして協力してくれた「amiさん」のブログ(日記)が掲載されていました。
ユーザー視点のリアルな言葉が、当時のワクワク感を伝えてくれます。

2001年8月18日、銘仙という着物を見ながら、十日町という織物の街で糸から工夫した新しい反物ができました。ブランド名は「いとしや」。

私はずっとずっと、「お金持ちでなければ、これから製作されるであろうキモノの柄に言及できる」機会など無いと思っていました。

しかし、インターネットというフロンティアは時に劇的な出会いを私達に与えてくれます。

・・・大阪は船場の呉服屋 「居内商店」の若旦那は、ネットのトップページにアンティーク着物の企画を掲示し、そして見本柄をUPしてアンケートを募集していらっしゃいました。

そしてその後に、こういう一文が添えられていたのです。

>なんかいいアイデアあったら教えてください

先日ここで浴衣を買った時の若旦那の対応を見て、この人は本物の船場商人(あきんど)だと、amiはこの人に目をつけていたのです!

「この若旦那に賭けてみよう!」

amiは、深呼吸して、声を出しました。

銘仙みたいな着物、作ってください!

これは、その銘仙が大好きな人々に応えようとした反物が出来上がるまでのお話です。

 

※当時の原文ママ

25年経っても、変わらない関係

この記事を書いていて、改めて思いました。
私たちと関口さん(きはだや)の関係は、ただの発注元と下請けではありません。

「着物を楽しむ人のために、何ができるか」

2001年は「新しい銘仙を作ること」でした。
そして2025年の今は、「大切な着物を安く、キレイに洗うこと」に取り組んでいます。

四半世紀の信頼関係があるからこそ実現した、産地直送の「オゾン京洗い」。
かつて銘仙を一緒に作ったその手で、今度はお客様の着物を丁寧にケアします。

(アーカイブ画像出典:Internet Archive Wayback Machine)